イーハトーブの思い出

イーハトーブの思い出

夏の風峠を駆ける又三郎

1960年代から北上山地の地質を調べるために歩いてきました。毎年、夏になると遠野、大迫、釜石、三陸海岸などを訪れてひたすらハンマーを振って石をたたいてきたのです。そんな中でも、ときどき手を休めて、イーハトーブの風景を眺めて、心を休めて写真を撮ったりしました。そんな思い出を古い写真、新しい写真から取り出して、俳句をつけてみました。
まず手始めに、2015年7月に岩手県種山ヶ原での「風の又三郎像」のバックと夕焼けです。

夏の田にどっどどどどうど風渡る

2018年7月、グスコーブドリ大学校最終日、石鳥谷町の道の駅付近から撮った「田んぼアート」です。ちょうど東北本線の電車が通りました。これも「風の又三郎」です。少しずつ追加していきます。

イーハトブ蛇紋山地や夏の朝

1961年8月の早池峰山山頂付近の写真です。モノクロームに自動色付けをしたものですが、けっこうきれいに彩色されています。はいまつと蛇紋岩とのコラボ、それに北上山地の山々、はるか遠くの淡い青色は鳥海山だろうと。賢治は、岩手山、早池峰山、それに北上山地などホームグラウンドにしてよく歩き、童話をつくり、詩を書きました。そんな状況が想像されれば幸いです。

葛丸にコカリナの音涼を呼び

2018年7月、グスコーブドリ大学校で花巻市西方の葛丸川を訪れました。あたかも、コカリナの音色に聞こえる清流の音。ここは賢治の『楢ノ木大学士の野宿』などの舞台になったところです。

谷川を道案内か百合咲いて

この写真もおなじく葛丸川の渓流で撮った百合の花。あたかも、賢治はあっちに行ったよと指さすようにみえました。

さわさわと座敷童と稲穂かな

古いモノクロームの写真に自動色付けしたものです。1961年9月の奥州市江刺区分限城付近で撮ったもの。稲穂が色づき始めたころでした。二人の子供が『座敷童』のようです。向こうのかやぶきの屋根から、新しい家に向かっているのか、それとも茅葺の家に向かうのか、どっちでしょうね。こんな原風景は今はもう見られません。

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コメント

  1. 茅葺き屋根、未舗装の道路、日傘の二人、そしてバス停の丸い標識。ここから未知の旅が始まりそうな雰囲気で、すてきでした。

  2. どぶ録さん、ありがとうございます。イーハトーブ、北上山地は民話の宝庫。それに賢治の舞台。まだまだ面白いものがあります。ところで、このブログはこのまま続けるのか、それとも話題を変えて別のテーマにするのか、どっちでしょうかねぇ。

  3. イーハトーブと又三郎、いつ見ても、いつ聞いても、夢が広がります
    茅葺き屋根、色づき始めた稲穂、座敷童がそこここにいそうな風景、いいですね
    ブログはどのようにでも自分の好きなように使えばいいと、書いてあったような
    だから、このテーマのまま、その1その2の感じで次に出されれば、アッ続きだなって、親しめるとか、、、新しいテーマだったら、今度は何だろうと?
    作者あっての読者、、読者の私は続きを区切ってその2の感じで見たいです
    峠を駆ける又三郎にドキッとしました

  4. ナズナッチさん。うれしいコメント、ありがとうございます。賢治の写真・俳句、いろいろありますし、これからも考えましょう。また続きをアップしますので、どうぞよろしく。遠野、釜石、三陸海岸などなど。

  5. もしかして、葛丸川とは、北上川の支流でしょうか。
    もし、そうだとしたら、、、、、尺鮎が釣れるんです。
    残念ながら、放射能の影響で、釣り人は激減していますが
     私のような後期の人間には、関係ないので、座敷童に会いに行きたいです。

  6. 北上川の支流です。鮎は釣れると思います。昨年のグスコーブドリ大学校の宿泊先でも夕食に出ました。今では座敷童に会えるかどうか。

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